大堀相馬焼の歴史 / 地域団体商標について

大堀相馬焼の歴史

江戸の窯を現代に

大堀相馬焼は、福島県双葉郡浪江町大字大堀一円で生産される焼物の総称です。旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、国の伝統的工芸品指定以後は、産地名である「大堀」の名を入れた大堀相馬焼として広く知られています。

江戸時代からの歴史を持つ大堀相馬焼として広く知られています。

相馬藩では、これを藩の特産物にしようと産地に瀬戸役所を設置して、資金の援助や原材料の確保など保護育成に努めました。

これにより大堀の窯業は農家の副業として近隣八ヶ村に普及、江戸時代末期には窯元も100戸を超え、販路も北海道から関東一円、更には信州越後方面まで広がり、一大産地へと発展を遂げました。

その後、明治期から廃藩置県により藩の援助がなくなったことに加え、交通の発達による他産地との競合激化、さらには戦争による大きな打撃と、太平洋戦争の終結時まで大堀相馬焼は冬の時代を迎えました。しかし戦後、産地は強力に立ち上がりました。市場は国内はおろかアメリカにまで広がり、「アイディアカップ」、「ダブルカップ」という名称で愛用されました。

国の伝統的工芸品に指定

その後、昭和53年には国の伝統的工芸品としての指定を受けました。
そして平成22年1月には、「大堀相馬焼」が地域団体商標として商標登録され(登録第5295759号)、25軒の窯元が350年になんなんとする伝統を守りながら日々皆様に愛され親しまれる製品づくりに努力しています。

未曾有の大災害を乗り越えて

2011年3月の東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故により、浪江町全体が避難区域となり、全町民が避難を余儀なくされました。2017年3月末をもって町の一部の避難指示が解除されましたが、大堀相馬焼の故郷である大堀地区はいまだ帰還困難区域に指定され、人が住むことが許されていません(2019年4月現在)。
その中で大堀相馬焼協働組合は、2012年7月、浪江町大堀地区から60キロ離れた二本松市内に仮設の工房兼事務所を開設。窯を失った窯元たちのための共同窯を設置して活動を再開し、作陶体験教室、商品の展示販売のほか、視察の受入れ等も行ってきました。震災から8年の間、多くの窯元が休廃業を余儀なくされた一方で、新天地で窯を再建した窯元も少なくありません。浪江町が誇るこの伝統工芸は困難に耐えてなお、生き続けているのです。
そして2019年3月末をもって二本松工房・事務所が終了し、大堀相馬焼協同組合はいよいよ浪江町内での再スタートを切る準備に入りました。なお、事務所再開までの間も以下の業務は継続しています。
大堀相馬焼製品のご発注 大堀相馬焼全般について取材・視察などのお申込み イベント等への出展のご依頼 陶芸教室のご紹介
また大堀相馬焼の作品は、再開した各窯元でご覧いただけるほか、以下の店舗で一部の窯元の作品を展示販売しています。
福島県観光物産館(福島駅西口コラッセ1F) ミッセなみえ(浪江町仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」内) 日本橋ふくしま館MIDETTE

地域団体商標について

大堀相馬焼は、福島県双葉郡浪江町大字大堀一円で生産される焼物です。
旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、今は国の指定以来、産地名「大堀」の名を入れて大堀相馬焼と呼んでいます。

平成22年1月、この「大堀相馬焼」を地域団体商標として
商標登録しました。(登録第5295759号)

※地域団体商標について詳しくは特許庁ホームページをご覧ください。